戦争を知らない子供たち


ジローズ『戦争を知らない子供たち』/ sokoピアノ弾き語り

 

ここ何年か、8月15日の正午にはTVの前で黙祷を捧げている。

 

戦争体験者は少なくなり

戦後生まれの人口のほうがはるかに多い。

ジローズの「戦争を知らない子供たち」の歌は

まさに戦後生まれの人々の心に残る歌だ。

 

日本の8月は哀悼の時間であふれている。

広島、長崎、そして終戦記念日

戦争を知らない子供たちではあるけれど

その歴史は学んできた。

 

歴史小説家の司馬遼太郎が追い続けてきたように

やはり、どうしてあの戦争が起こってしまったのかと

考える人は多いはずだ。

 

2017年は第二次世界大戦が起こった、あの時代に似ている。

相互の民族や宗教やイデオロギーへの寛容さが薄れ

かつての日本が経済封鎖で世界から孤立し

愚かな戦いを始めた時のように。

 

預言者でなくとも、しっかりと近代の歴史を学んでいれば

どうやって戦争が起こるのか、たやすく想像がつく。

人間は何度も何度も同じ失敗を繰り返している。

戦争が起これば、人の命が失われ

遺された人々が苦しみ、やがて生まれた子供にすら影響を与える。

 

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今年の夏の百日紅さるすべり)の赤い花が美しく咲いている。

花のように何も求めず咲くのが良いと思う。

真の平和とは勝利とは、戦争しないことだ。

誰かの命を奪ったり傷つけたりしないことだ。

そして何より許すことだ。

 

現代の憎しみを過去の出来事に遡って掘り起こせば

永遠に消えない憎しみとなって残る。

憎しみを捨てるのはたやすいことではないし

時に不可能に思えることもあるけれど

そうできなければ平和もまた実現できない。

 

世界平和など、ただの夢物語かもしれないけれど

そのために日々頑張っておられる多くの人々に

敬意と愛をこめて。

 

 

 

さくら

桜の花が咲く日本の春は、夢のような美しさ。

この世にこんな美しい世界があるのだろうかと思うような景色。

 

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また日本人も桜の花には、特別な愛着があって

全国どこにでも、桜は植樹されていて

短い春のひとときに、夢のようなひとときを楽しむ。

およそ桜の花の期間というのは、代表的なソメイヨシノでは
開花から散るまでの期間は2週間ほど。

 

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日本には、古来から「和歌」というものがある。

現代的な言葉で言えば「短歌」。

「俳句」という言葉をどこかで耳にしたことがあるのではないだろうか。

日本独自のショートポエム。

簡単に説明すると「俳句」は五音、七音、五音の言葉の並びで詩を作る。
その際に「季語」というものがあり、必ず、入れなければいけない。

「短歌」には、そうした約束事はなく、

五音、七音、五音、七音、七音の
言葉の並びだけでよい。

「和歌」というのは「短歌」と「俳句」なども含まれる定型詩の総称と考えてよい。

現代的な作品というよりは、一般的には古典を指すことも多い。

前置きが長くなってしまったが、桜の「和歌」をご紹介したい。

 

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世の中にたえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし

         在原業平(ありわらのなりひら)


これは「古今和歌集」に収められている歌で、この歌集の成立年代は
西暦905年。1000年以上も前の歌。

意味は、世の中に桜というものがなかったら春はのどかであるだろうに。

日本人は、1000年前から、もうすぐ桜が咲くと思うと、心躍らせ
いつ咲くか、いつ咲くかと待ちわびる。そして花見にでかけてゆく。
桜の花の頃に雨が降れば、花が散ってしまうのではないかと、心配し
散り始めると、短い花の命を惜しむ。どうして日本人は、ここまで
桜を愛するのであろうか。


 次にご紹介したいのが、

 

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願わくは花の下にて春死なん そのきさらぎの望月の頃

                   西行 作


こちらも 1000年近く前に詠まれた歌。

この花というのは、桜の花のことで、桜の花の木のしたで
如月(きさらぎ)は2月、望月は15日の頃に死にたいという歌である。


この歌は、かなり有名で、それは、こうした歌を残した
西行がまさに、その通りに亡くなっているからだ。


この歌は西行の60代中ごろの作といわれているので、

亡くなる随分前に、詠まれたものだが、当時の文化人には

かなりセンセーショナルな出来事だったようである。

 

桜の花の咲く頃、日本の仏教寺院は、灌仏会(かんぶつえ)

というものがあり、釈迦の誕生を祝う仏教行事がある。

日本では原則として毎年4月8日に行われる。


様々な草花で飾った花御堂(はなみどう)を作って、

その中に桶を置き、甘茶を満たす。
誕生仏の像をその中央に安置し、柄杓で像に甘茶をかけて祝う。
宗派に関係なくどの寺院でも行う。

日本という国は南北に長いので、この日が桜の花の頃とは限らない。
しかし、東京という都市を中心にかんがえると、この地域では
4月8日は、まさに桜の頃である。美しい桜を愛でながら
行われる灌仏会(かんぶつえ)の光景は、とても美しい。


西行は僧であったので、桜の花の頃の仏教行事に、ひときわの
美しさと、桜の花の儚さに、かなり強い思いがあったようだ。


また西行が生きた時代は、人の死も身近であった。


 

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ひさかたの光のどけき春の日に静心(しづごころ)なく花の散るらむ

            紀友則 作


こちらも最初の歌と同じように「古今和歌集」に収められている。

意味は、日の光がのどかにさしている春の日に、どうして桜は
あわただしく散ってゆくのであろうか。


そんなにはやく散らないで欲しいという願いのような歌である。

桜の花の命はあまりに短い。その儚さに人は世の「無常」を感じる。

この「無常」という言葉の意味は、仏教の重要な教えのひとつ。
世の中に不変のものはなく、すべてがひとところにとどまらず移り変わっている、
という意味なのだが。この「無常」には、桜の花に代表されるような
四季の変化と、人や生命の生き死にと重ね合わせてることが多い。

いま、この一瞬しかないのだという思い、そして、やがては
桜の花が散るように、すべては消えてなくなるという、
あたりまえのことにたいして、あきらめという感情ではなく、
むしろ、ありのままに受け入れている。変化していくこの世への
悲しみではなく、命の儚さへの愛しさが強いのだ。

そうした日本人の「無常」に対する思いが、もっとも
色濃く現れているのが、桜なのである。ひとときの花の命に
自らの生を重ね合わせ、人は桜の花を見上げている。

 

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しかし古来から、こんなにたくさんの桜があったわけではない。

桜を植えた人として有名なのは佐藤良二さんで

他にも日本には桜の植樹をする人が多くいた。

有名なソメイヨシノはクローンで

人の手から手へ受け継がれ増やされ植えられてきた。

そこには確かに美しい花が咲く情景を夢みる人の想いがあって

現実のものとなった。

わたしも夢をみる。

日本の桜がもっと世界へと広がらないかなと。

それは平和への願いでもある。

 

 

 

 

初雪

11月に東京での初雪は54年ぶりとのこと。

何となく雪景色の写真を撮りたくなった。

 

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寒いので、どこにでかけるというのではなく

小雪が舞う中、ごく近所を散策した。

雪が多少でも積もると見慣れた景色は一変する。

まるで別世界に迷いこんだように思える。

ここでは一年にそう何度もない出来事なので

思い切って外に出かけた。

 

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赤い楓(かえで)の葉や南天の実や山茶花(さざんか)の花の色が

なんとも鮮やかで真白な雪によく映える。

 

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南天の実や山茶花の花たちは、これから始まる本格的な冬に

野鳥の餌となって、その命を支えてゆく。

なかなか、そうした様子をカメラに収めることはできないけれど

真冬に雪に濡れながら山茶花の花の蜜をついばむ鳥を目にすることがある。

 

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そうしたとき心のなかで「がんばれ」と応援する。

人間だって大変だけど冬を越える野鳥たち

特に初めての冬を越える若鳥は餌もとぼしく厳しいだろう。

 

でも、この世界はどんなときも手を差し伸べるものがいて

命をつないでいける。そうでなければ野鳥は絶滅するしかない。

 

植物も同じように花を咲かせ、実をつける。

それは次の世代へと命をつなげる営みで

誰かのためにというのは、実は自分自身のためだったりする。

 

そうやって、この世界はどこかで誰かと繋がり

自分はだれかのために、また自分は誰かに支えられ

もちつもたれつ生きている。

わたしというものも野鳥もこの世界のなかで

たったひとりで生きてはいるけれど、ひとりきりでもない。

 

 

初雪が降る街は何だかとても美しかった。

まるで天からの贈り物のように。

 

 

 

 

 

 

満月

2016年11月14日はスーパームーンだった。

その前後に交通事故が多発していたのも気になっていたけれど

あれから1週間、東北地方で地震が起こった。

今回のスーパームーンは68年ぶりと言われる大接近だった。

 

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地上の生命は月の引力の影響も受けている。

その影響は太陽ほどではないけれど

春の満月の夜にサンゴや魚たちなどが一斉に産卵をしたり

動物(人間も含めて)の出産率も高まる。

潮の満ち引きも大きくなる。

 

満月の夜その前後に

事故や自然災害が多発する傾向にはあるけれど

それが科学的に解明されているわけではない。

気になることは、いろいろあるけれど

いずれにしても気をつけて過ごしてたほうが良いようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

いろいろな紅葉

 お昼の番組で芝生の紅葉を紹介していた。気になって調べてみたら

「草紅葉(くさもみじ)」という言葉もあった。俳句の季語にもなっている。

 

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紅葉というと真っ赤な楓(かえで)がまっさきに頭に浮かぶけれど

いろいろな植物が秋をむかえて紅葉している。

 

 ちはやぶる神代もきかず竜田川からくれないに水くくるとは

                     在原業平朝臣

 

百人一首のなかの歌で竜田川が落葉した紅葉の葉で真っ赤になっている

そんな情景が脳裏に浮かんでくる。けれど秋も一通りではない。

 

以前、三夕の歌の西行を紹介したけれど

心なき身にもあはれはしられきり鴫たつ沢の秋の夕暮れ 西行

あと2歌あって

 

見わたせば花ももみじもなかりけり浦の苫谷の秋の夕暮れ 藤原定家

 

さびしさはその色としもなかりけり真木たつ山の秋の夕暮れ 寂連

 

あらためて読んでみると

秋の夕暮れの寂しさは何気ない風景のなかにあるのだなぁと感じる。

 

 

音もなく色づいた葉が舞い降りて見上げた我も秋に染りぬ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幼い頃、伝書鳩を飼うことにあこがれていた。

 

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公園などで鳩がひょこひよこ歩いていたりすると

ついカメラを向けてしまったりする。

もし、脚環がついていたら、それは伝書鳩なのだけれど

いままで一度もお目にかかったことはない。

 

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伝書鳩が活躍していた時代は長い。

ところが、ドローンが登場してあっという間に進化している。

最初、これが何に利用できるのだろうか?と思っていた。

いまは利用するのに様々な問題があるけれど

完全にコントロールされたドローンが空を整然と飛んでいるのが

日常となるのも、そう遠い未来ではないような気がする。

そんなとき鳩を含めて野生の鳥たちはどうなるのだろうか?

ドローンの安全な操作が優先されれば鳥たちの運命も見えてくる。

心配してもどうしようもないことではあるけれど

かつて18世紀におこった産業革命のときよりも

大きな社会変化の時を迎えているのは間違いないようだ。

 

 

 

 

 

 

 

ヴァイオリン

もう何年前のことだったか忘れたけれど

公園で「ビヴァルディ春」を弾いてる人がいた。

ちょうど季節も春で、うららかな日差しのなかで

その音はかなり遠くまで美しく響いていた。

 

大きなホールでオーケストラの演奏を聴くのとは

また違った何かがあった。

心の琴線に触れるような何かだった。

 

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ヴァイオリンの音色の魅力の一つは | 佐々木ヴァイオリン製作工房のブログ

を見ると面白いことが書いてあった。

 

究極の楽器とは人の歌声であるという。

歌声は楽器ではないので、やはりヴァイオリンかなとも。

それなら、やはりあのときの公園の演奏も

歌声のような魅力をたたえた音だったと思う。

 

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それにしても、ヴァイオリンという楽器そのものが美しい。

特に渦巻(スクロール)の部分が芸術的だと思う。

この部分も音の美しさに影響を与えている。

楽器制作も演奏も奥深い世界なので

調べれば、たくさんのことがわかってくると思う。

そうしたことに魅せられていくマニアも多いだろう。

深いことはわからないけれど芸術の秋です。

コンサートにでかけてみたくなりますね。

 

 

ヴァイオリン美しきフォルムや音に魅せられている君を愛しむ